もてなくなったら、好きになってくれるかもだし
Short Story

 

 いつ見ても綺麗だなあと思う。
 しっとりと濡れたような前髪。その中から覗く切れ長の、青磁色をした瞳。後ろで一本にまとめてある後ろ髪。それなのに野暮ったくもなく、清潔感がある。物怖じの見えない整った姿勢。スマートな体系。身長はやや低いほう。だけれどそれが余計に彼の魅力を増しているように思える。凝縮された美。それが、彼に垣間見えるのだ。なにも身分違いの恋に身を焦がしているというつもりはない。彼は魅力的で、だから私は彼を好きになった。恋をするのに条件もなにも、というかある一定の誰かだけは好きになってはいけないなんて、そんなことがあってたまるものか、と思う。たとえ相手が全国範囲で女性ファンを持っていようと、たとえ相手が超一流企業の社長御曹司であろうと。

 

 せんぱーい、なにもってんっすかー、と能天気な声がわたしの頭に響いてきた。わたしが顔を向けると、そこには一年生の陽崎直人がいた。彼はわたしがマネージャーを勤めている野球部の部員だった。だから三年生であるわたしに対しても平気で話しかけてくる。もっとも彼自身女性であればまったく物怖じすることないのだけれど、とそんなことはどうでもよかった。わたしは彼に向けて自分が持っていた一枚の紙切れを見せた。おー、らぶれたーっすかー。さすが美崎センパイはもてますねー。うるさい、馬鹿。

 

 もてるってなに。不特定多数の男の人に好かれることがそんなに幸せなこと? ならアイドルはとても幸せな人ばかりなの? わたしは、男性に好かれる。それはもう、かなりの数だ。多分顔の造形であるとか、肉体のバランスであるとか、その辺りが世の男性諸君に好かれるものを持って生まれたからなのだろう。わたしは多くの男性を虜にしているようだ。しかしそれがそんなに凄い事なの? ステータス? 優越感? 馬鹿。馬鹿。馬鹿。誰に好かれても、それこそ何億人という男の人に好かれたところで、自分の大好きなたった一人が振り向いてくれなければなんの意味もないというのに。馬鹿。馬鹿。馬鹿。え? 馬鹿? 誰が? 誰が馬鹿? わからないわよ。でも、馬鹿。馬鹿よ。こんな顔いらなかった。こんな体はいらなかった。それがどんなに魅力的であろうと、今のわたしにはなんの価値も感じられないもの。あの人が好きになってくれる何かが欲しかった。悪いのはわたし? 外見で好きになってくれないのなら内面で勝負? わたしの内面がいけないの? だから彼はわたしを好きになってくれないの? どうしたんすかー、難しい顔をしてー。陽崎クン、わたしってぶす? は? そんなに魅力ないかなあ。美崎センパイに魅力がないんなら、世の大多数の女の子の立場がなくなりますよ。うまいのね、陽崎クン。経験値っすよー。

 

 結局何がだめなのかわからない。わたしだってもてたいわよ、と大声で叫びたい。そうすれば、あの人に届くのかしら。わたしの気持ちが少しでも。でも、それは無理な話。体裁を気にするわたしの卑怯な性格が邪魔をするもの。叫べないなら、泣くしかない。声を押し殺して、少しでも遠くへ行って。あなたが部屋にいるなら、ベランダに行くから。わたしの泣き声は聞かないで。強い女と思われたいもの。あなたが好きなあの女の子はとても強い人だものね。だからわたしも強くなる。いつかあなたを振り向かせたいもの。他の男の子なんていらないから。あなただけが欲しい。いろんな人を虜にしたこの瞳で、この身体で。あなたを虜にしてみせるから。

 

「……せんぱーい、どうしたんすかー」
「さっきも聞かれたわね、わたし、そんなにおかしい?」
「いやー、いつもとなんか違うっすよ」
「そうかしら」
「ねえ、美崎センパイ」
「なあに?」
「変なこと言っていいっすか」
「うん」
「美崎センパイって、ほんっと綺麗っすよね」

 どきり。

「なあに、急に」
「いやあ、急に思い立っちゃって」
「わたしを褒めてもあなたにはなんにもメリットはないわよ」
「やだなあ、下心なんてないのに」
「全然?」
「はぁ」
「まったく?」
「はぁ」
「ちっとも?」
「ちょっとだけ」
「もう」

 

 別に綺麗じゃなくたってよかったんだけどなあ、と思いながら陽崎君の顔を覗いてみる。一瞬不思議そうな表情をした後、頬が見る見るうちに赤くなっていった。もう一年近く一緒なのに、まだ慣れないのかしら、と思いながらわたしは苦笑する。それでもやっぱり彼は動じない。わたしのことなんて目に入っていないようだから。悔しいなあ、と思ったところで、だ。きっとやっぱりこれからわたしはいろんな男の人を虜にしていきながら、一番大事な人は逃してしまうんだ。そう思うとなんだか悲しくなってきた。でも普段もてない人もいるんだし、もててるわたしはそれくらいのデメリットがあって然るべきかも、バランスが取れてる、と場違いな妄想をしながら、わたしは封がされたままのラブレターを廊下のゴミ箱に投げ捨てた。誰か見つけてくれればいいのに、と思った。

 

 


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