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僕が一番欲しかったもの
Pawapoke4 Short Story

 

 日の出島の穏やかな雰囲気が好きなんだ。そう、ぼくは彼女に話しかけた。
「じゃあ、本土のような所は嫌いなんですか?」
 彼女、天本冷泉はいつもの笑顔でそう言った。ぼくはうぅん、と空を見上げて言葉を濁す。
「嫌いじゃないよ。その、なんて言ったらいいのかな。都会、といっちゃ変だけど、とにかく便利さはあるしさ」
「それじゃあつまり、乾さんはただ、順応性が高いだけじゃないんですか」
「あ、そうかもね」
 ぼくの間の抜けた言葉に、天本さんは相変わらずの笑顔で笑っていた。ぼくが面白いことを言おうが皮肉を言おうが、彼女の笑顔は崩れない。
「それで、今日はどこに行きますか?」
 そうだね、とぼくは返事して考え込む。
 ブブゥ、というクラクションの音がして、思わずぼくは耳を塞いでいた。無意識的に音がした方向を向くと、思いもしない光景がぼくの瞳の中へと急速に入ってきた。
 灰色のアスファルトの上に広がる、緋色の水溜まり。その丁度真ん中あたりに、小さな物体が無造作に倒れている。茶色の毛は四方に散り、眼球は飛び出し、腹からは無惨にも臓物が飛び出していた。猫の、死体だった。
 ドライバーは死んだ猫に気づいているのかいないのか、何度も何度もそれを踏んづけて走り去っていった。

 

 また、クラクションの音がした。

 

 今度は猫じゃない。ぼくは、一瞬何が起こったのか理解できないでいた。
 横断歩道もない車道に、天本さんはゆっくりと歩き出している。急ブレーキで止まった車の中から妙齢の男性が窓から顔を出し彼女に対して何か叫んでいたが、天本さんはそんなこと気にもとめていない様子でしゃがみ込んだ。ぼくも彼女につられるように走り出し、天本さんの側に駆け寄った。
「何をしているんだ?」
「可哀想に。車に気がつかなかったのね」
 そう言うと、天本さんは猫の死体を抱き上げた。白いワンピースが猫の血がべったりと付着する。その後、波紋のように赤の模様が彼女の服に広がっていった。
「服、汚れちゃったな」
 ぼくの言葉に、天本さんはちらりと自分の胸に目を落とすと、ぼくの方を向いてあの笑顔を見せていた。
「本当ですね」
 気の抜ける返事。
「なあ。それどうするんだい?」
「どうするも何も。このままにしてはまた何度も車に轢かれてしまいます。そんなのって、その。なんて言えばいいのか……とにかく、非道いじゃないですか」
「それは、そうだけど」
「乾さん。今日は帰りましょうか。わたし、この子を見取ってあげたいんです」
「じゃあ、さよなら、なんて、ぼくが言うと思う?」
 すると、天本さんは一瞬驚いたような表情を見せたが、また笑顔に戻っていった。――なんだか、そのときの笑顔が、いつものそれとは違うように見えたのは、気のせいだろうか。
「そうですね。ごめんなさい、乾さん」
「いや。じゃ、行こうか。って、どこに行くんだっけ」
 あ、と天本さんが返事して、左手の人差し指をあごに当てると、うーんと考え込み始めた。……おいおい。
「じゃあ、とりあえず私の家に行きましょうか」
「というより、神社?」
「はい。――付き合ってくれますよね?」
 答えるまでもない。

 

 

 

 

 セツのばあさんから借りたのか、神社の中から出てきた天本さんはスコップを持っていた。そのときの天本さんは、汚れたから着替えたのかいつもの和服になっていた。
「乾さん、猫はどこにいます?」
 首だけ振り返っていたぼくは体をぐるりとまわし、天本さんの正面を向いた。途端に天本さんは両手で口を押さえた。スコップを持ったまま。危ないよ、もう。
「あ……。抱いて、いたんですか」
 ぼくの両腕の中には、さっきまで天本さんが抱いていた猫がいた。おかげでぼくの服も血まみれ毛まみれだけど、まぁいいか。
 天本さんは慌ててぼくに駈け寄り、猫を受け取った。死んでいるにも関わらず、彼女は猫の頭を撫でながら、瞼を閉じてあげた。猫を好きだとか、動物か好きだとか。とにかく、そんな生半可な想いじゃこんなことは出来ない。ぼくは改めて、天本さんを尊敬していた。
 天本さんはゆっくりと猫を地面におろすと、スコップで地面に穴を掘り始めた。ぼくも手伝うよ、と言ったけれど、天本さんはありがとう、と答えたきりまた一人で穴を掘り始めていた。
 五分か十分かした頃、穴は猫の大きさより少し大きめくらいまで掘れていた。地面に横たわっている猫を愛おしそうに抱きしめると、天本さんはゆっくり、優しくその猫を葬った。
 上から土をかぶせ、すっかりその穴が埋まる頃、空の日は傾きはじめ、神社の赤い鳥居の向こうでオレンジ色の夕日が眩しく照っていた。
 片膝をつき、天本さんが立ち上がる。ぼくはポケットに手を入れたまま、彼女の瞳をじっと見つめていた。
「乾さん、今日は本当にありがとうございました」
「お礼を言われるようなことはしてないよ。天本さん、君は、猫を供養したかったのかい?」
 ぼくの質問に、天本さんは少し口をつぐんだが、やがてはっきりとした口調で答えてくれた。
「いいえ」
「え。じゃあ、どうして」
「……乾さん。誰かが死ぬときって、いつも一人だと思いません?」
「そういうものだと思うけど」
 あれ、ぼくが質問してたはずなのに、なんで答える側になってるんだろう?
「私は、死ぬのがとても怖いんです。ひとりぼっちで、死んでゆくのが」
「仕方ないさ。誰だっていつも死ぬときは一人だ」
「だから、こうして死んだ後、見取ってくれる人が居たら、私はとても幸せなんです。だから」
「それを猫にしてあげた、か」
「私、間違ってますか? 自分の都合で、死屍を冒涜してしまったんでしょうか?」
「いや、天本さんは間違ってないと思うよ。この猫だって、きっと喜んでくれたさ」
 ぼくはポケットに手を突っ込み、そこからボールを取り出した。
「それ……」
「うん。OBの先輩にもらったもの。甲子園に行ってプロになったんだっていうから、ずっと持ってるんだ。僕の宝物だよ」
 ぼくはそれを猫を埋めた土の上に置くと、うん、とうなずいて見せた。
「……乾さん」
「何だい?」
「いいんですか?」
「何が?」
 天本さんは、それ以上言おうとはしなかった。ただ、いえ、と答えたきり、ぼくにあの笑顔を見せてくれた。

 

 

 誰かが死ぬときは、きっといつも一人だ。
 でも、誰かがそばにいてくれたら良いものだと思う。
 それが、自分を思ってくれる人なら、特に。
 中途半端な気持ちではできない。
 見も知らない猫を愛でた彼女。
 僕は、もしかしたら彼女に近づきたかったのかも知れない。
 帰路につきながら、ぼくは今日あった出来事を思い返していた。

 

 僕が一番欲しかったもの。
 それは、物だとか、人だとか、カタチのあるものじゃないんだ。
 彼女と一緒になれたあの気持ち。
 僕はとうとう、一番欲しかったものを手に入れられたような気がした。

 

 



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