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探偵・深町亮二の冒険
Pawapoke7 Short Story

 

 駅に降り立った途端、爽やかな風が吹いてきた。深町亮二は煙草を右手の指で挟み取ると、ふぅーと大きく煙を吐く。灰色の煙は風に乗り、背中の方へと流れていった。
「結構、いい村じゃないか」
 深町の問いかけに、四路智美は眉をしかめながら返事をした。
「そうね。でも一回来た人間ならもうそんなこと思わないわよ」
 ふーん、と無機質に答え、深町は再び煙草を口にくわえた。
「でも、ちょっと楽しみかもな」
「はぁ。やっぱりあなた変わってるわね」
「そりゃ人間だからね。いろんな種類はいるさ」
 短くなった煙草を地面に落とし、革靴で踏み潰す。ねじれた煙草の吸殻にちらと目を落とし、深町はうぅん、と伸びをした。
「ここか。『魔女狩りの村』ってのは」

 

 

 

探偵・深町亮二の冒険

〜魔女狩りの村を追え〜

 

 

 

 世界的な冒険家と称されるようになり、もう何年だろうか。深町は自分のことを冒険家と呼んで欲しくなかった。冒険という響きがどうも子どもっぽいという印象を持ってしまい、どうしても慣れることが出来ない。だから、深町は自分のことを『探偵』と名乗っている。事務所にもきちんと『深町探偵事務所』と書いているのだが、何故だか周りからは冒険家と言われる。もっとも、深町の行っていることは客観的に見れば『冒険』以外の何物でもないから仕方が無いといえば仕方が無いのだが、それでも深町は不満を感じていた。

 

「本当、非道い目に遭ったわよ」
 赤いソファに深く腰掛けながら、智美は疲れた様子で言った。今日は仕事が入ったというわけではなく、通りがかったから寄っただけとのことであった。
「『魔女狩り』だって? それって確か昔にヨーロッパで行われた民衆摘発のことだよね」
「ええ、そうよ。でも、彼らは確かに魔女狩りだって言ってたわ」
 智美がそう言い終わると同時に、部屋のドアが開いた。そこから深町の助手である湯田浩一が顔を出した。湯田は両手一杯の荷物を抱え、頼りない足取りでふらふらと部屋に入ってきている。
 深町が立ち上がり、湯田の荷物を半分ほど持ってやると、それを部屋の隅に放り投げた。
「ハァハァ……。深町君。言われた通り、ちゃんと頼まれた物は全部買ってきたでやんすよ」
 湯田の顔はすっかり汗まみれになっていた。ひどく疲れた様子で肩で息をしながら、なんとか搾り出したというような声だった。
「うん。ご苦労様。代金は?」
「全部で五十八円でやんす」
 深町は財布から十円札を六枚抜くと湯田に手渡した。湯田はそれを握りつぶすように手で受け取ると、それを乱暴に袴の物入れ袋へと突っ込んだ。
「深町君? いったい何を買わせてきたの?」
 尋常でない量の荷物を見た智美が目を丸くして深町に問いかける。
「んー。まぁ、仕事の道具だよ。それより話の続きだけど」
 そういい終わると、深町はソファに座りなおしてテーブルの上に置かれた珈琲に手を伸ばした。
「あぁ。ええっと、どこまで話したっけ」
「彼らは確かに魔女狩りだって言ってたとか」
「そうそう。それでね――」

 

 智美の話によると、彼女は数日前、久しぶりの休暇とかでとある村に遊興に来ていた。特に目的はなく、なんとなくで乗った汽車でなんとなく降りて辿り着いたそうだ。村はどう見ても不振な点はなく、何処にでもあるような何の変哲もない普通の村だった。
 半日も汽車に乗っていたので、その村に到着した頃にはもう日はとっぷりと暮れていた。しばらく仕事も入っていないしと智美はその村で一泊することにした。宿屋に入り入室手続きを済ますと智美は部屋へと案内された。部屋についた途端智美は急に疲れが出てきて、そのままベッドに倒れこんだという。
 目が覚めたときには、そこは自分が泊まった部屋ではなかった。石畳が敷き詰められ、アンティーク調に彩られていた壁紙は剥き出しの煉瓦が露わになっていた。

 

「結局、どういうことだったんだい?」
 空になった珈琲のカップを覗きながら深町が言った。いつの間にか深町の口には煙草が咥えられていた。
「非道いもんよ。飛び出しナイフみたいなので刺されて、血が出ないから魔女だ、なんて言われて」
「それ、いんちきってことでやんすか?」
「そう。いんちきね」
 しらっと言う智美に対して湯田は更に智美に詰め寄った。
「そ、それでその後は……?」
「火あぶりにされたわね」
「へ……? でやんす」
 智美が湯田の方に向きなおし、はっきりとした口調でもう一度言った。
「火・あ・ぶ・り。に、されたの」
「ええええええええええええ! でやんすぅぅぅぅ!」
 ジュ、と音を立てて煙草の火が消えた。深町は右手で煙草を押しつぶしながら、智美の目をじっと見つめた。
「火あぶり? その割には体が綺麗じゃないか」
「まぁ、火あぶりと言っても右手だけだったからね」
 そう言うと智美は手袋を外してその手のひらを深町に見せ始めた。その途端、湯田がう、と呻いた。
 智美の手は、赤く変色していた。
 両手を出したのでその違いは明らかだった。左手は白く繊細な色をしているのに、右手は桃色に近い赤でケロイドのようにもなっていた。
「なんかでっかい蝋燭みたいなのに手を突っ込めって言われてね。このザマよ」
「どういうことだい?」
「なんかそれは聖なる火で、普通の人は神様に守られてるから火傷なんてしないんだって」
 あはは、と自嘲的に笑う智美。
「馬鹿みたいでしょ」
「何でそんな馬鹿なことに逆らいもせず従ったんだ」
「しょうがないでしょ。相手は何十人もいたし、剣みたいなのも持ってる奴もいたわ」
「それでよく逃げてこられたな」
 智美は、はぁ、と力を抜いてソファに倒れこむ。
「もう大変だったわよ。魔女だってことで牢屋に入れられてね。まぁ、服に仕込んでおいた爆弾で壁をぶっ壊して無理矢理出たんだけど」
「連中も滅茶苦茶だけど、君もすごいな」
「まぁね」
 早くも二本目の煙草に火をつけた深町が、ふむ、と呟くように言うと、煙草を咥えたまま湯田の方に振り向いた。湯田はまだ小さく震えていた。よほど智美に行われた拷問が怖かったらしい。
「湯田君。鋼に連絡取ってくれ」
 湯田はええ? と慌てて深町を見た。その目はとても憐れで、半分泣いているようにも見えた。
「どういうことでやんすか?」
「俺たちで行くんだよ。その魔女狩りの村に」
「どどどどど、どうしてでやんすか!」
「智美の敵討ちだ」
 しれっとした様子で言う深町を智美は呆れたように見つめる。
「あんたね、よく真顔で心にも無いこと言えるわね」
「失礼だな。本心だよ」
「ただ興味を持ったんでしょ。そいつらに」
 智美の質問に曖昧に笑う深町。なんの行動も見せない湯田をちらと見ると、深町は立ち上がった。さ、電報を打たなきゃな。そう、小さく呟いて。

 

 

 

 

 智美の話の通り、その村には一見不審な点は見つからなかった。緑の木々があぜ道の隣を綺麗に彩り、自然に満ちた綺麗な村というのが第一印象だろうか。深町はポケットに両手を入れ、周りを見回した。四方は山で囲まれ、所々に小屋がぽつりと建っている。
「智美。君の言っていた宿はどこにあるんだ?」
 深町の後方、湯田の隣に立つ智美に深町は声をかけた。智美はどこで用意したのか舞台で使うようなかつらを身に着け、更にその上から深町が愛用しているベレー帽をかぶっている。一度来たことがあるからと深町が用心のために変装させたのだった。
「歩いていっても五分かからないと思うわ。着いて直ぐに行ったんだから」
 ん、と深町は返事すると智美を自分の隣に呼び寄せ先導を頼んだ。先を行く智美を見ながら深町は短くなった煙草を指で挟むと、シガレットケースから新しい煙草を取り出して一本咥えた。火のついた煙草で新しい煙草に火をつけて、軽く息を吐き出す。
「深町」
 深町が振り向く。声をかけたのは鋼だった。鋼は腕組みをしながら深町を見つめており、その視線は些か非難のようにも見える。
「なんだい?」
「さっきからずっと煙草を咥えているんだな」
「まぁね」
 そう返事すると深町は首を後ろに傾げ、空に向かって煙を吐く。
「煙草というものはあまり身体に良くは無い」
「そんなことわかっているさ」
「止めろとは言わんが、本数を減らしてはどうだ」
「考えておくよ」
 煙草を咥え、深町が振り向きなおす。いつの間にか立ち止まっていたようで、ずいぶん遠くに智美がいた。智美は深町の方を向き、呆れたような目で立ち止まっている。
「あ、そうだ。鋼。今日は依頼じゃないから僕に報酬はないんだ」
 鋼は興味も無い様子でそうか、と呟くと一人頷くように顎を動かせた。
「だからさ、今日の給料。ちょっと待ってくれていいかい?」
「それは構わんが。深町。今日、おれの刀は本当に必要なのか?」
「多分ね。君には守ってもらなきゃいけない」
「守る? 四路のことか?」
 鋼の質問に深町は返事することもなく、ただ微笑を浮かべて片目を閉じて見せた。洋袴のポケットに手を突っ込み、伸びをするように空を見上げる。ずいぶんといい天気で、智美に聞いたような禍々しさのようなものは微塵も感じられない。もっとも、拳銃などで武装した男と帯刀した男、さらに爆弾を携えた者が三人揃っているというのはとても異状なことなのだが。まぁ、ともかく。

 

 

 

 

 深町たち四人が宿に着いたのは、駅に到着してからおよそ十分後のことだった。宿の外観は深町の見慣れたそれと比べ少々小さく、深町の事務所より少しだけ大きいというほどで、些か古臭いという印象を受ける。板葺きの屋根は所々が欠けており、石壁には小さくヒビが入っている。深町は智美に少しも変だと思わなかったのかい? と聞いたが、その時は夜だったし、疲労が溜まっていたから、と申し訳なさそうに答えるだけであった。

 

「四名様ですか?」
 宿帳に記帳する深町に従業員が問いかけた。
「ええ。四人です」
 すると従業員は頭を下げるとはっきりとした口調で言った。
「申し訳ありませんが四人部屋はすべて塞がっておりまして。二人部屋ならご用意がありますが」
「ええ、それでいいですよ」
 深町がそう答えると従業員は店の奥へと消えて入った。深町は後ろにいた湯田を呼び、小声で話しはじめた。
「湯田君。君は鋼と一緒にいてくれ」
「深町君が智美ちゃんと一緒の部屋で寝るんでやんすか! 不潔でやんす!」
 深町は指を一本立てて口に持っていく。それを見た湯田がしまったという風に両手で口を押さえた。
「あのな、湯田君。君が智美と一緒の部屋に行ってもいいけどね。もしあいつらにさらわれたらどうするんだ? ここは魔女狩りの宿屋なんだぜ」
 う、と呻く湯田。
「戦闘の出来ない君と利き手を怪我している智美は俺か鋼と一緒の部屋でいるのが安全なんだよ。それで、智美を連れてきたのは俺だからさ。智美だけは守らなきゃ」
 口をへの字に曲げながらも渋々という様子で湯田は黙り込んだ。それはそうだ。湯田だって拷問にはかけられたくないのだろう。
「あ、あと湯田君」
 そう言うと、深町は上着のポケットから手帳と万年筆取り出した。手帳から一枚破ると、そこに何か走り書きした。
「これ、部屋に着いたらすぐ読んでくれ。鋼にも見せて。それで、読んだらすぐに飲み込んでくれ」
「の、飲み込む、でやんすか?」
「君が無理なら鋼に頼むんだな。ここの奴らに見られちゃまずいんだ」
「うう……わかったでやんす」
 紙を受け取って湯田が引き下がった。
「お待たせいたしました。お部屋ご案内いたします」
 店の奥から女中が出てきて深町たちにそう言った。深町は振り返り、鋼の目を見る。鋼は、右手で腰に挿した刀の柄に右手を置き、人差し指で頭を叩いて見せた。それを見て深町はにやりと唇を曲げる。準備は、整っていた。

 

 

 部屋の内装を見て、深町は驚いた。質素な外見とは裏腹に、通された部屋はとても華美で、西洋風の絨毯に高価そうな絵画がいくつか壁にかけられている。いくつかある椅子は金に彩られ、端麗な光を放っていた。
 まず深町は絵画に目を通し、額縁を触りながらじっと見ていた。見覚えのある絵だった。これは確か――。
「深町君? どうかした?」
 後ろにいた智美がそう声をかけた。智美は部屋に着いたというのに座ることもせず、荷物を持ったまま直立している。
「ああ――。いやこの絵なんだけどね」
 振り返り曖昧に笑う深町。中指の腹で絵を叩きながら、やがて深町は軽く言い放った。
「見たことのある絵だよ。かなり高級なものだ」
 へえ? と言いながら智美も絵の近くへと歩み寄った。深町の隣に立ち、絵をじっと見るが、智美はわからないのか首を横に振って笑っていた。
「贋作なんじゃないの?」
「いや、それはないよ。俺の絵を見る目は知っているだろう?」
「それはまぁ、そうだけど」
 深町は手を開き、絵を撫でるように触った。
「五万円はするよ、これ。なんでこんなものがあるんだろう?」
「五万円!? 大金じゃないの」
 目を丸くした智美が深町にそう言い放つ。深町はそうだね、と答えたきり考え込むように指を口に当て黙り込んだ。
「これ、盗もうか」
 しれっと言い放つ深町。
「……ばかじゃないの?」
「冗談だよ」
 笑ってそう言うと、深町は部屋の中央に置かれた椅子に座り、足を組んだ。
「けど、思っていたより面白いことになりそうだね」
 深町は部屋の中を詮索するように首をぐるりと回した。やがておや、と言い深町は立ち上がった。
「どうしたの?」
 そう言い終わる前に、智美も気づいた。
「蛇口があるよ」
 深町は驚いたように声を出した。
 それはそうだ。水道の蛇口なんて深町の事務所でも最近設備したほどの近代技術だ。財閥や富豪の家庭ならばともかく、こんな寂れた宿屋にあるような代物ではない。
 深町は蛇口をひねってみた。しかし蛇口から水が出ることはなく、いくら回しても冷たい金属音がするだけであった。
「なんだこれ、客は使えないようにしてるのかな」
「さあ。でも、それなら設置しなくてもいいのにね」
 まったくだよ、と深町は返事すると、智美の方を向きなおして言った。
「あと、灰皿が無いね」
「灰皿? そういえば……」
 部屋に入った瞬間から探していたのだが、どこを見回しても灰皿は見当たらなかった。テーブルの上にも、何処にも。
「変わった宿だなぁ、蛇口があるっていうのに灰皿がないっていうのは。あ、智美そこのコップ取って」
「コップ? どうするの?」
「灰皿の代わりだよ」
 と言うと、深町は早くもシガレットケースから煙草を一本取り出して咥えていた。呆れたようにもしていたが、智美はとにかく陶器製のコップを深町に渡した。コップをテーブルの上に置くと、煙草にマッチで火をつけた。
 煙を吐きながら、深町は考えていた。
 智美が連中に拉致されたのは、この宿で間違いないという。しかし、きっかけはなんだったのか? 宿に着いた瞬間眠っていた。なのに何故? この村に到着してからはなにも口にしていないというから睡眠薬などを盛られたというわけでもないだろう。しかし――だとすると、智美が眠っていたのは不測の事態だったはずだ。それとも夜中、眠ったところを拉致しているのか? 智美のときは特殊だったと? いや――。
 ドアの開く音がした。
 深町は煙草を指で挟み、コップの口に立てかけるようにした。
 ドアの向こうから現れたのは、宿の従業員であった。先ほどこの部屋へ案内してくれた女中だ。深町は目を尖らせ、吐き出すようにして声を出す。
「なんだい? この宿は従業員が勝手に客の部屋へ入ってくるのかい?」
 そう言うと深町は煙草に口をつけ、大きく煙を吐き出した。
 途端、女中がひっ、と呻いた。
 深町は異状を感じ、どうした? と声をかけたが、女中は顔を両手で押さえて走っていってしまった。
「一体、なんだったんだ?」
 深町は独り言のように智美にそう声をかける。さあ? と首をかしげる智美を見て、深町は何か嫌な予感を感じていた。煙草をコップの脇で押しつぶし、それをテーブルの隅に片付けた。
 女中が姿を消してから一分足らず。再び深町たちの部屋のドアは開けられた。今度は、豪快に。まるで突き破ったかのように乱暴に開かれ、奥からは十人ほどの人間が見えていた。先頭に立つ大柄な男は両手に西洋刀を携え、後ろの人間達も小太刀などの刃物で武装されていた。
 事情がわからないという風に目を開く智美とは対照的に、深町は頬杖をつきながら「おっと……」と小さくこぼしただけだった。
「動くな! 口から得体の知れない煙を吐く男というのは貴様か!」
 巨漢がサーベルを深町の方に向けて言った。
「煙? これのことかい?」
 その言葉のあと、深町は煙草に火をつけ、煙を吐いて見せた。
 瞬間、男達は奇声を発して深町に襲い掛かり始めた。巨漢の後ろにいた数人の男達に深町は拘束されたかと思うと、いきなり棍棒のようなもので頭を強打された。ぐう、と呻くが、深町は抵抗しようとしない。
 智美は左手でベルトに装着しているブラウニングに手をかけたが、その途端に深町が「カズミ!」と声を上げた。智美が深町を見ると、深町は鋭い目つきで智美を睨んでおり、声に出さず「駄目だ」と唇を動かした。
 後頭部に鋭い痛みを感じながら、深町は宿の男達に連行されて行く。両脇をしっかりと外れないようにロックされながら。

 

 

 

 

 勘定台の奥へと連れられた。そこには下り階段があり、深町はそれを降りるよう指示された。素直に従う深町だったが、とにかく後ろの智美が心配だった。この姿勢では後ろを振り返ることが出来ない。ベレー帽は取れていないだろうか。長髪のかつらをしているし、見破られはしないだろうが、それでも危険な目に遭わせてしまっていることには変わりない。
 階段を下りた先には、石畳の部屋があった。目前には木製の机のようなものがあり、右手側には燭台がある。燭台では赤い炎がゆらゆらと揺れて、ここが智美の言っていた場所か、と深町は思っていた。ようやく止まれたので、ゆっくりと振り返ってみた(両脇に立つ男達にはついでに睨んでおいた)。智美は両手を後ろで組まされて一人の男に行動を制限されている様子だったが、深町と目が合うと少しだけ唇で笑って見せた。ベレー帽は取れていたが、かつらは取れておらず、両手の手袋も外れていない。それを見て、深町は少しだけ安堵した。
 地下に到着して暫くすると、奥から男が現れた。男は黒い外套に身を包み、深町たちをじっと見つめている。
「汝に問う」
 そう言うと、男は続けた。
「汝は、魔女か?」
 深町はにやりと口を曲げ、馬鹿にしたような口調で答えた。
「魔女? 知らないね。そもそも俺は男だぜ」
 咳払いの後、外套の男は話し始めた。
「性別など関係ない。汝が妖術を使っていたと証言する者がいるぞ」
「妖術? なんだ、それ」
「口から得体の知れない煙を吐いたそうだな?」
 ふん、と鼻で笑い、深町は返事する。
「ああ。あれが妖術だったのか。初耳だぜ」
 深町は首を曲げて笑って見せた。と、その時、燭台の向こう側。深町の目に二人の人影が目に入った。湯田と鋼だった。二人はそれぞれ一人ずつの宿の人間に拘束され、身動き一つしていない。
「湯田君、鋼」
 深町が声を上げると、二人は顔を上げた。湯田はじろりと深町を睨んだきりぷいと目線を外した。
 深町は上目遣いのまま口元を歪ませた。
「その二人はお前と同じく魔女の疑いがあり、ここへ連行した。さて、誰から調べるか……」
 男の言葉に、深町が口を出した。
「俺から調べなよ」
 驚いたように男は目を丸くすると、その後にやぁ、といやらしい笑みを浮かべた。
「いいだろう。では」
 男は立ち上がり、外套の中から刃物を取り出した。十徳ナイフのような小さなもので、それを深町に見せた。
「魔女はいかなる武器を用いても殺すことは出来ない。このナイフによってお前が傷つけば、お前は魔女ではない」
 そう言うと、男はナイフを持って深町に近づいた。深町を拘束していた男達は脇から腕を放し、背中をどん、と突いた。よろけるように前へ歩が進み、その後すぐに背を伸ばした。
 深町は右手を前に伸ばして、男に声をかけた。
「まぁ、待ってくれよ。どこを刺そうっていうんだい?」
「もちろん、左胸だ」
「アンタ馬鹿か? 左胸なんかに刺されちゃ死んじゃうぜ。俺人間だからさ。だから、刺すのなら右胸にしてくれよ」
 深町の言葉に男は周りの人間と目を合わせた。男の顎が小さく動くのを見て、深町は気づかれないように唇を曲げていた。
「いいだろう。では、ゆくぞ」
 その言葉と同時に、深町は左手をポケットへと入れた。
 男のナイフが深町の右胸へと深々と刺さってゆく。痛みを感じない。智美に聞いたとおり、細工のしてあるナイフだった。
 だが、男がナイフを抜いたとき、深町の右胸は赤く染まっていた。どろどろと止め処なく赤い液体が流れ、深町は右胸を押さえて男に言った。
「痛ぅ……。ほら、血だぜ。言っただろ、俺は人間だと」
 苦しそうに言う深町に対して、男は馬鹿な! と声を荒げた。
「何がだい? 俺を魔女だと確定していたのか? それとも、このナイフで傷つくこと自体があり得ないのかい?」
 む、と口をつむぐ男。額には汗が浮かび、目は完全に泳いでいた。しかし、やがて男はナイフを外套の中に仕舞い、手を燭台へと向けた。
「黙れ! これだけで身の潔白を証明出来たと思うな! 次はこの燭台に手を入れるのだ。聖なる炎は人間が焼かれることは無い」
 深町は右手をポケットへと入れ、ふーんとつまらなさそうに返事する。歩を進め燭台の目の前に立つと、深町は右手をポケットから出した。
「ここに手を入れるんだな?」
 その言葉のあと、深町は右手を炎の中へとゆっくり入れ始めた。しかし、深町は顔色一つ変えず、平然とした様子で自分の右手を見ていた。
 やがて炎から手を抜き、手の平を男へと見せた。
「どうだい? どうやら神様は、俺を守ってくださっていたようだ」
 深町がそう言うや否や、男は外套の中から短刀を取り出して襲い掛かってきた。
 男の眉間に、刀の切っ先が突き刺さった。
 日本刀を持っていたのは、鋼であった。いつの間に行ったのか、鋼を拘束していた男達は地面に突っ伏し、倒れこんでいる。
 鋼は日本刀が刺さるか刺さらないかというほどの位置で止め、深町に声をかけた。
「もう、いいんだな? わざわざ紙で“抵抗するな”などと言いおって。こいつらに従うのはもう沢山だ」
「ああ。存分にやってくれ」
 深町の言葉が引き金となり、周りにいた男達がいっせいに深町へと襲い掛かった。鋼は深町の右隣にいた巨漢に刀を向けたが、男は深町に向かって走り出し、棍棒を思い切り振り下ろした。
 だが、深町には当たらなかった。
 深町は巨漢の後ろに滑り込み、肩を右手でとん、と叩いた。その後、右足を振り上げ男の顔面を蹴り上げた。頭が大きく後ろへ傾いでゆき、駄目押しと言わんばかりに深町は男の足を刈った。男は後ろへ倒れ、頭を強く打ったのかじわと石畳の上が赤く染まっていった。
「貴様!」
 外套の男が深町に短刀で襲い掛かった。が、それはすぐに制止させられた。外套の男の後ろで智美がブラウニングをこめかみへ当てていた。
「ひぃっ」
 恐慌状態に陥った男は右手をぶるぶると震わせながら「やめてくれ!」と叫んだ。
「あら。拳銃が分かるなんて、やっぱり演技してたのね」
「そりゃそうだ。煙草も知らない奴なんて今の時代いるわけねえよ」
 深町が「おっと」と言って片足を上げる。鋼が蹴ったのか、男が一人滑り込んできた。男の右腕の上腕部分は細い穴が開いており、そこから尋常で無い量の鮮血が流れている。
 深町は拳銃を取り出し、まるで亡者の群れのようにまとわりつく人間達に向かって一人ずつ、確実に引き金を引いていった。ある者は肩から、ある者は足から血が流れ、倒れていった。
 きゃあ、という声がして、深町は振り返った。
 智美が、捕まっていた。
 智美は右腕をねじ上げられ、握っていたブラウニングを智美のこめかみへと当てられていた。外套の男は机に突っ伏し、気絶している様子だった。
「動くな! この女を殺すぞ!」
 ち、と深町が舌打ちする。どうやら残ったのはその男と、外套の男だけのようだ。蹴散らすのは容易い――が、そうすれば智美は死ぬ。
「どうしようってんだよ。そいつを殺したら、次はあんたの番だぜ」
「黙れ! いいから武器を捨てるんだ!」
 男の顔は青色を通り越して殆ど灰色になっている。目が血走り、息が荒く、危険な状態だった。このまま放っておけば、智美に発砲するのも時間の問題だ。どうする? ――どうする!?
 深町は、気づいたときには刀を抜いていた。
 その小太刀は上着の中に隠し持っていたのだが、それを引き抜くまでには一秒とかからなかった。姿勢をかがめ、深町は智美の方に向かって疾走する。うおお、と雄叫びを上げる男。発砲音。
 智美の右耳の上で束ねていた髪が切られ、はらりと落ちた。同時にどしゅ、と音を立てて男の顔面が引き裂かれた。頬の下から頭上まで、深町の小太刀は綺麗な放物線を描いて天井へと向けられていた。深町が小太刀を地面へと向けてぴっと振る。血が飛び散り、石畳の床に当たって軽い音を立てた。それと同時に男の顔から激しく血が噴出し、白目を剥いて倒れこむ。それを見て、深町は深いため息をつきながら、外套の男に目を向けた。外套の男は、まだ気絶していた。
「これで全員だな、深町」
 鋼はそう言いながら手ぬぐいで日本刀を拭くと、それを腰に収めた。
「ああ。それと、一人も殺してないよな?」
「うむ。それは間違いない」
「それを聞いて安心したよ。じゃ、警察に連絡するか」
 そう言い終わると、深町は煙草を取り出して火をつけた。
「こんなもので殺されちゃあ堪らないよ、全く」
 煙を吐くと同時に、深町はあっ、と声を上げた。鋼と智美。両方が一気に緊張したような目つきで深町を見る。深町は、唇をかみ締めると、言いにくそうに二人へと告白した。
「――湯田君のこと、忘れてたな」

 

 外套の男が座っていた椅子。その下で気絶している湯田を見つけるのに深町が気づいたのは、それから十五分も後のことだった。

 

 

 

 

 深町たちが魔女狩りの村に行った翌日、新聞紙面は“魔女狩り事件”ばかりで埋め尽くされていた。深町は珈琲を片手に新聞を見ながら、満足そうにうんうんと頷いている。
「結局あの村の人たちは狂人ってことだったんでやんすか?」
 珈琲のカップを両手で持った湯田が深町にそう問いかけた。
「そうだね。多分彼らはどこかで“魔女狩り”の史書を読んだんだろう。それで影響されてしまったんだよ。もしかしたら、どこかで本当に魔女の恐怖におびえてたのかもしれないね」
 沈痛そうに黙り込む深町。そんな深町を見て、湯田は違う話題に話の方向を向け始めた。
「それにしても、でやんすね」
 湯田の問いかけにうん? と返事する深町。
「一体、なんで深町君は細工したナイフでケガしたり、火の中に手を入れても平気だったんでやんすか?」
 深町ははは、と笑うと、部屋の隅に置かれた荷物を指出した。
「ナイフの方は簡単だよ。これさえあればね」
 そう言うと、深町は足元に置いてあった細長い棒状の物を湯田に見せた。“それ”は片方にボタンがついており、片方はCの形に折れ曲がった不思議な形をしていた。
「なんでやんすか? それは」
「いやカジノの景品でもらったんだけどね」
 と言うと、深町はボタンを押して見せた。すると、先端の部分がゆっくりと閉じ始め、最後にはC状に空いた隙間がぴったりとなくなっていた。
「この訳の分からない道具、“アーム”っていうらしいんだ。これで胸に仕込んでいた絵の具と水を混ぜた擬似血液を包んだ薄紙を破裂させたんだよ。だから肌が露出してる部分に刺されたら危なかったんだけど、なんとか騙せてよかったよ」
 ほほう、と感心したようにうなづく湯田。
「じゃあ、火の方はどうやったんでやんすか?」
「昨日、君に買い物してもらっただろ? あの中に種があるんだ」
 深町は立ち上がると、荷物の中から一つの物体を取り出した。それは――。
「玩具の手首……でやんすか?」
 深町は、うん、と笑うと、それを持って椅子へと座りなおした。
「そ。まず、この手首の部分を握るだろ?」
 そう言って、深町は玩具の手首を握った。
「それで、手を引っ込める。ほら、これで手の完成だ」
 深町は手をひらひらとして湯田へと見せた。湯田はえー、と言うと、不思議そうに深町へと問いかける。
「でも、なんでそんなに器用に動くんでやんすか?」
「これは玩具の手首というより、義手っていうんだよ」
「ギシュ……? なんでやんすか? それは?」
「将来医療技術に使われると思われるよ。事故などで手をなくしてしまった人のために作られた、手の機能を補う人工の手だね」
 深町は義手をテーブルの上に放り投げると、続きを話し始めた。
「それを鋼鉄製にして作ってもらったんだ。だから結構材料費かかっただろ?」
 その深町の言葉に、湯田は思い出したように声を荒げた。
「そ、そうでやんすよ! 今回は交通費、材料費、それに事件を新聞社に公表しなかったこと。もう全部合わせたら大赤字でやんすよ、深町君」
 顔を赤くした湯田が眉をしかめながら深町にそう話しかけた。深町は新聞をテーブルに置くと、そうかい? と軽快に返事をした。
「そうかい? じゃないでやんす! もうこんな仕事はオイラごめんでやんすよ! ばっさばっさと人が斬られるのも見ていて良い気持ちはしないでやんす」
「そりゃ悪かったよ。でも、大赤字ってこともないさ」
 そう言うと、深町は「よ」と声を漏らしながら足元の鞄を掴むと、それをテーブルの上に置いた。
「なんでやんすか? それは」
「開けてみたらいいよ」
 湯田はよくわかっていないという様子で鞄を開ける。
 鞄の中には、金塊がぎっしりと詰まっていた。
「なななななな、なんでやんすか! これは!」
 深町はテーブルに置かれた煙草に手を伸ばし、それを咥えると話し始めた。
「あの村はね。金山で有名な村だったんだよ。江戸末期にずいぶんと消費されていた様子だったけれど、金塊として沢山残ってたんだ」
「ど、どこにあったんでやんすか? こんなもの」
 咥えた煙草に火をつけながら、深町は軽い様子で答えた。
「あの宿屋の地下室さ。俺たちが戦闘したところの、更に一階下の隠し部屋にね。警察に調べられる前にちょっと拝借したんだよ」
「こ、この量はちょっとどころじゃないでやんすよ……」
「あははは。まぁいいじゃないか」
 咥え煙草のまま笑う深町を見て、湯田は嬉しいと具合が悪いというような曖昧な笑みを浮かべていた。
 きぃ、と音を立てて、玄関のドアが開いていった。そこから顔を出したのは、智美だった。智美は帽子をかぶっており、深町を見るなり「はぁい」と西洋風に挨拶した。
「よう智美。何か用事か?」
「ええ。金(きん)は見つかったの?」
 テーブルの鞄に目を向けると、智美はああ、と言って続けた。
「もう見つけてたの。相変わらず仕事が早いのね」
「智美ちゃん。深町君がお金があるってわかって調べたこと、知ってたんでやんすか?」
「ええ。一応ね。湯田君が縮こまってる間に三人で手分けして探したのよ。でも――」
 智美はじろりと深町の方を向きなおした。深町は煙草を咥えたまま、窓の外へ目を向けている。
「まーさかあの名探偵・深町亮二君がお金を独り占めする気だったとはねえ」
 智美の言葉に深町は慌てた様子で手を振り始める。
「じょ、冗談だろ。そんなつもりはないぜ。後で知らせようと思ってたんだ」
「そ。それを聞いて安心したわ」
 そう言うと、智美はテーブルに置かれた鞄の口を閉めると、それをひょいと持ち上げ、にこりと笑った。
「じゃ、これ持って帰るわね」
 満面の笑みで言う智美。足取りはすでに玄関へと向かっていた。
「ちょ、ちょっと待った!」
 深町が大声で智美を呼び止める。智美は振り向いて深町を見た。
「なーに?」
「いや、あの、せめてちょっとは欲しいなぁ……なんて……」
 深町の言葉に、智美はウィンクをして返事をする。
「深町君は、女の子の髪の毛をバッサリ切っておきながらそんなこと言うんだ?」
 む、と黙り込む深町。
 ようやく湯田にも話が見え始めた。
 恐らく、智美は戦闘によって深町が原因で髪の毛を切られた。そして戦闘が終了したとき、深町は二人に金山のことを話したのだろう。そして、その中からお詫びすると。そして見つかったのが、この量だ。ちょっとくらいネコババしたくなるのも無理は無い。
「じゃあね、深町君。また連れてってね」
 ひらひらと手を振りながら帰る智美。ばたんと閉まったドアを恨めしそうに見つめながら、深町は大きくため息をついた。灰皿の上に置かれた煙草からゆらゆらと立ち上る灰色の煙。その景観が、深町には何故か自分を笑っているかのように見えた。

 

 


⇒To Be Continued...


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