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#7.デートの仕方

 

 「早川あおいとデートがしたい」
 都川光一からそんな言葉を聞いたとき、足立は椅子から転げ落ちそうなほど大げさに驚いてみせた。彼の言わんとしていることはわかるのだが、如何せん唐突すぎる。そもそも都川は以前、同級生の別の女子生徒とデートらしきものをしていた……という話も聞いているのだが。一体都川はどういうつもりでこのような発言をしたのか。足立は興味が尽きないような視線を送りながら、返事をする。
「なんでまたあおいちゃんなんだい?」
 空になった弁当箱をナプキンに包みながら、都川はちらと足立の方へ目線を送る。
「前から誘いたかったんだよ。なんか好みでさ」
「その割には他の女の子とデートしたことがあるみたいだけど?」
「デートくらいなら別に誰としてもいいんじゃねえの?」
「考え方は人それぞれだと思うけどね」
 足立が飲みかけの缶コーヒーに軽く口をつけ、ふう、と息をつく。都川は案外、女にだらしないようだ。いつか刺されるぞ、とも思ったがそれは口に出さないことにした。
「とにかく都川がデートをしてみたいと思うなら、まずは誘ってみればいいんじゃないか」
「もう誘ったよ」
「えっ」
 予想外な答えだ。危うく右手で持っていた缶コーヒーを零すところであった。しかし、待てよ。先ほどの都川の発言を反芻するに、それは承諾されなかったということになるのだろう。
 なかなか面白いことになってきた。足立は都川に気づかれないように、小さく唇をゆがめて笑ってみせる。
「それで、断られたのかい?」
「ああ。『ボク、遊びになら行かないよ』だってさ。釣れねーよなー」
「あおいちゃんらしいといえば、あおいちゃんらしいんだけど」
 一瞬言葉を区切り、都川の反応を待つ。都川はといえばじっと足立の目を見つめながら次の動向を待っているようだった。
「都川の誘い方が悪かったんじゃないか?」
「失礼だな。普通だよ」
 ぷいと首を振り、都川は意図的に足立から目線を外す。こういうところは、相変わらず子どもっぽい奴だな。足立はそんな都川の反応などまるで気にしていないように、言葉を続けた。
「なんにせよ振られたって形だろう? それはやっぱり君の手腕に原因があるよ」
「ちぇっ。言ってくれるぜ」
 都川は立ち上がり、両手をズボンのポケットへと突っ込んだ。その後腰を折り、ぐいと顔を足立の顔に近づけてみせた。足立はん? とでも言いたいかのように目を開く。
「またほとぼり冷めたら誘ってみるさ。どうなるかはわかんねえけどな」
 そう言うと、都川は手のひらを軽くなびかせ、くるりと振り向いた。都川の後姿を一瞬見て、足立は自分の腕時計を確認する。時間は13:32となっていた。あと10分少々で午後の授業が始まる。足立もベンチからゆっくりと立ち上がり、その後体を伸ばして息をつく。
 あおいとデート……か。考えたこともなかったな。
 それから足立は、ほんの少しだけ考え事をしていた。足立は一度考え事をしだすと周りが見えなくなる。まるで、僧侶が瞑想をしているかのように自分の世界に篭ってしまう。

 色々な思いが錯綜する中、足立はようやく自分で納得の出来る答えを出すことが出来た。それもこれも、都川のおかげかもしれない。一人でゆっくり考えることが出来たのも、彼が先に教室へと向かってくれたおかげだし……。
「……あ」

 結局足立は、午後の授業を10分ほど遅刻してしまったのだが。

 

 

 授業が終わると同時に足立はグラウンドへと足を向けた。とはいえ、今日はこの時間帯に行く必要は無かった。というのも、今日、金曜日は部員達の時間割の都合で練習が17:00からとなっているのだ。生憎足立の在籍するAクラスは六時限までだったので、15:30に授業が終わってしまった。少し早めだが、とも思ったがとにかく足を運ぶことにした。
 グラウンドに行くと、そこにはあおいと桐島の姿があった。二人はすでに練習を始めているようで、投げ込み練習をしているようだ。桐島もプロを目指しているため自分の練習に余念が無いはずだが、やはりそこはキャプテン。部員の練習を優先させなければ、という計らいなのだろう。それにしても七限まであるD組の酒井やE・F組の韮沢と朝倉はともかく、あおいと同じクラスのはずの都川の姿が見えないのは何故だろう。まあ、気にしても仕方ない。足立は肩にかけていた鞄を下ろすと、うん、と伸びをした。
 桐島とあおいが足立の姿に気づいたようで、練習を中断した。にっこりと笑って、あおいが足立のところへ走り寄ってくる。
「お疲れっ、足立くん」
「うん、お疲れあおいちゃん。都川はどうしたんだい?」
「あははは……生徒指導質でお説教」
「ええっ、何をしたんだよ、あいつは」
「お昼の授業中眠っててね、それだけならいいんだけど、寝ぼけて先生を殴っちゃったんだ」
 以前本人から聞いたことだが、都川はずいぶんと睡眠時間が長いらしい。普通なら十時にはもう寝て八時に起きているというから驚きだ。なので少しでも夜更かしをすると一日中眠くてたまらないというようなことを言っていた。さらに「少し寝起きが悪い」ということもそのときに聞いた気がする。
「はあ。まあ都川らしいといえば都川らしいね」
「反省してるみたいだから、そんなに長くはかからないと思うけど……」
 あおいがはぁ、とため息をつく。
「そうだね。せっかく僕らも力がついてきたころなのに」
 あおいがえっ? という表情を見せる。足立の話した言葉がずいぶんと意外だったようで、目をまん丸にして足立を見つめた。
「ねえあおいちゃん」
「ん? なに?」
「僕と、勝負してみないか」

 

 

 足立の意外な申し出にあおいは些か戸惑っていた様子だったが、すぐに了承の返事をした。いくら足立が格下だろうと思っているとはいえ、勝負に挑まれたら逃げるわけにはいかない。きっとあおいはそんなことを考えていたのだろう。そして、この勝負を存外楽しみにしているのは、意外なことに桐島だった。
 桐島は足立があおいに勝負を挑んだ途端、唇をそっとゆがませて見せた。それは足立が野球に対してストイックな思いを抱いているかのように思えたからなのかもしれない。
「勝負の内容はどうする?」
 あおいはボールを右手で弄びながら足立に言う。
「そうだね。それじゃあ、『一打席勝負』なんてのはどうかな?」
「一打席勝負?」
「そう。球数は関係ない。ゴロやフライ、若しくは三振だね。とにかく僕から一つアウトを取れたらあおいちゃんの勝ち。逆に、ヒットを打たれたら僕の勝ちだ」
「へえ、面白そうだね」
「あと……負けたほうにはなにかペナルティが欲しいね。……勝った方のいうことを一つ聞く、なんてのはどうだい?」
「うわ。足立くん、ずいぶんと大きく出たね」
「まさか。思いつきで喋っているだけさ」
「うーん、勝ったほうのいうことをなんでもかあ。それはそれでちょっと怖いかも……」
「ま、なんでもっていっても常識の範囲内でだけど」
 少しだけ考える素振りをして、あおいは足立の瞳をじっと見つめた。足立はというと、相変わらずいつものにこやかな笑みをあおいに向けている。
「それにこの勝負、実はあおいちゃんに有利なんだよ。なんせバッターは三打席に一度打てたら御の字なんだから」
「そうだね、うん。じゃあそれでいいよ!」
 あおいの返答に、足立は驚いたような表情を浮かべる。
「あれ、ずいぶんと簡単に決めるんだね」
「勝負に逃げたなんて思われたくないから。それに」
 す、と目線を外した後、わざとらしい笑顔を足立に向ける。
「ちょうど新しいスパイクが欲しいと思ってた所だしね」
 挑発か、それとも本心かわからない。足立は、独り言のように静かに呟いた。
「……お金の上限額は決めたほうがよかったかな」

 

 

 バッターボックスに立った足立は、ぶん、と一度素振りをして見せた。大分バットにも慣れてきた。この調子なら、あおいの勝負に勝つのもあながち夢物語ではないかもしれない。しかし……やはり自分は勝負師の気がある。わざわざこんな回りくどいことをしなくても、良い方法なんていくらでもあっただろうに。それでも足立は、あおいと一度勝負がしてみたかった。女性でありながらピッチャーを務める彼女に、足立は好感を持っていたし、尊敬もしていた。なら、勝負しなければ。足立は両手で構えたバットを水平にして、あおいより更に後ろに向ける。
「じゃあ、行くよ」
 あおいの言葉の後、あおいが投球フォームを取った。相変わらず綺麗なサブマリン投法だ。あおいの細い右腕から放たれた白球は、変化を見せずに桐島のミットに収まった。
 一発目は直球か。
 足立はミットにちらと目を向ける。インローぎりぎりではあったが……桐島の右手が垂直に上がる。このサインは、ストライクのものだった。ボール球のときは右手を横に振ることになっている。甘めの球ではあったが……足立は気合を入れなおす。
 あおいは幾らか首を振った後、二球目を投球した。あおいの右手から放たれたボールは……カーブだ。インハイに決めてきたが、ボールに外れそうだ。しかし、足立は止まらずバットを振る。バットに硬球の当たる感触がした直後、ボールはレフト側のファールゾーンへと思い切り飛んでいった。
「へえ。あの球を当てるか」
 キャッチャーをしていた桐島が独り言のように言う。確かに、今の球は危なかった。思いのほかキレが良いため、危うくストライクに取られるのかもと思ってしまったのだ。見逃していたほうがよかったのだが……。
 三球目にあおいが選択した球種。それが、後に大きく影響することになった。あおいは現在最高球速が116km/hだ。以前に都川がスピードガンを持ってきたときに計ったもので、そのとき「プロ入りするなら最低あと20km/hはあげたいね」と言ったのを覚えている。必然的に変化球は更に球速は落ち、カーブだと確か90km/h台であったはずだ。そのため桐島はあおいに投げ込みを続けてとにかく球速をあげるよう練習を指示していたはずだ。あれから少しは直球が鋭くなっているのか。それはわからない。ただ、それでも今現在あおいは120km/hも出せないことはゆるぎない。
 あおいの右手から疾走した白球は、綺麗な直線の尾を引いて飛んできた。足立は、ボールをよく見ながらバットを振るう。また、バットに硬球の当たる感触がした。間違いない。これはヒット性の当たりのはずだ。バットを振るった体勢のまま足立はボールの行く末を見つめている。
 足立の打った白球は内野手の頭を悠々と超え、外野手前に落ちたであろう、ヒットとなった。

 

 

「もーーー、悔しいなあ!」
 あおいがマウンドで地団太を踏んでいる。そんなあおいを見ながら、足立は苦笑した。やっぱりあおいは自分になら軽く勝てるだろうと思っていたのだろう。まあ、そう思われても仕方のないような打者であるというのは認めなくてはいけないが、こうも正直に態度に出されるとさすがに悲しくなってくるものだ。
「いや、でもマジで凄いと思うぜ。早川の球は結構キレるからな。素人同然の足立にしちゃよくやったよ」
「うーん、あまり褒められてる気はしないけど、勝てたのは嬉しいかな」
 足立はバットを置くと、素直にそう言った。あおいはというとまだ結果に納得がいっていないのか、しきりに手を振って先の勝負の行く末に思案を巡らせている。そんなあおいを見て、足立はどうしようもないほどの幸福感を感じていた。あおいが見誤ったことなど何一つない。この勝負はあおいにとって有利で、どう贔屓目に見ても足立の勝率は二割がいい所だろうと予測していたのも本心だ。しかし、結果は足立の勝ち。この瞬間により、あおいの持つすべてが足立に掌握されたのだ。あおいに、そして桐島に気づかれないよう足立は、すっと口元に笑みを浮かべた。その笑みは、紛れもなく素直な足立の表情だったのだろう。
 いつもの、にこやかな笑みではない。
 足立の目も、口元も、すべてがいつもと違っていた。何が違うのかはわからない。ただ、足立は本当に勝負に勝てたことを喜んでいたことは事実で、あおいに対して何がしかの思いを抱いていたのだ。
「さて、あおいちゃん」
 口元に浮かべた、あの底の知れない微笑は消えていた。足立はいつもと同じ他人を安心させるような優しい笑顔を浮かべている。
「勝者の権利を行使させてもらってもいいかな」
 足立の言葉に、あおいははぁ、と沈んだような反応を見せた。諦めにも似た表情だが、本心は読めない。あおいは勝負に負けたことがよほどショックだったようで、足立の声も聞こえていない風であった。
 しかしそれは、足立の次の言葉によって大きく覚醒させられることとなる。
「デート、しようか」

 

 

 雲一つない晴天という言葉のとおり、綺麗な水色が空を覆っていた。絶好のデート日和、というと少し気恥ずかしいような気もするが、きっとそのとおりなのだろう。
 足立の意外な申し出に、あおいは当初ものすごい勢いで拒否の反応を示していた。それは嫌悪からくるものではなかったのだろう(と、足立は解釈している。もし嫌悪のそれであったら立ち直れない自信がある)。どちらかといえば、照れに近いものがあったのだろう。優しそうに笑う足立を他所に、あおいは顔中を真っ赤にしてぶんぶんと両手を振っていた。そんなあおいを見て足立は、なんだか珍しく可愛らしいところが見えたなあとほっこりした気持ちになった。しかしそんな足立を知ってか知らずか、隣では桐島が大げさにげらげらと笑っている。
「いやあ、いいじゃないか。付き合えよ、早川」
 と桐島が言ったのを聞いて、足立は内心「おや?」と思った。

 

「部内恋愛は平気な方なのかい」
「ん? あぁ、どうでもいいんじゃないか。大体そんなものオレが禁止したところでやるときゃコソコソやるんだろうしさ」
「一理あるね」
「ちょ、ちょっと、足立くん、潤くん!」
「早川。お前は勝負に負けたんだろ。じゃあ付き合わなきゃ」
「そっ、それはそうだけど。その、ボク……男の子とデ、デートなんてしたことないんだもの」
 足立と桐島はお互い顔を見合わせ、そのあともう一度盛大に大笑いした。その時は桐島だけではなく、二人でだったが。

 

 約束の時間の三十分前であったが、足立はすでに待ち合わせ場所についていた。初デートではあるが、特にプランは立てていない。そもそもプランなんていくら立てたところで相手の気分一つで変更せざるを得なくなるものだ。事前に計画すればするほどうまくいかなくなる。足立はそんな妙な信念を持っていた。
 待ち合わせ場所は繁華街にある一つの建物の前ということにした。駅前にある大きな百貨店で、建物に200インチの大きな液晶画面がついている。画面の中では二枚目の俳優が洗顔のCMをしていて、足立はその画面をなんとなくぼんやりと眺めていた。多分、あおいが来るまでもうしばらくあるだろう。そんな思いがあったのかもしれない。
 ふと足立は周りを見回した。そのとき思わず、お、と声が出そうになるのを我慢した。建物の前にある大きな横断歩道の向こう側。見慣れた顔が立っていた。いつもはおさげにしているのに、今日はポニーテールに似たアップの髪形だ。
 青と白のボーダーが入った七分袖のシャツを羽織り、首の下で黒のキャミソールが見えている。デニムのショートパンツには白く大きなベルトがついて、スニーカーを履いていた。一見して足立は、ずいぶん露出が高いな、と思ったが口には出してはいけないと心に誓うのだった。
「早いね、足立くん」
 彼女、あおいは足立の姿を確認すると、照れくさそうに笑ってそう言った。
「うん、まあね」
「でもなんか変な感じだな、足立くんとデートするなんて」
 あおいはショルダーバッグを抱えながら、視線を地面に向けていた。ほんのりと頬が赤く染まっているのは、単純に恥ずかしいのだろう。今時珍しい純な娘だ。
「そうだね。あおいちゃん、今日のためにお洒落してくれたのかい?」
「もう、やめてよ。本当に恥ずかしいんだから」
 そう言うとあおいはバッグに顔を埋め、少し高めの声で「ううー」と言った。
 あおいの私服を見たのは今回が初めてではない。しかし、いつもロングTシャツにジーンズといった色気もなにもあったものじゃない格好ばかりだったので、実は些か戸惑っていたのだ。
「さて、じゃあ何処に行こうかな……とりあえず、中にでも入るかい?」
 もう好きにしてください、と言わんばかりにあおいはこくりと頷いた。
 珍しい表情だ。
 腹の底から今にも出てきそうな笑い声を、あおいに気づかれないよう噛み殺すのに必死であった。

 

 

 何を話しかけても上の空だった。しかし会話を重ねていくにつれ、あおいは普段の自分を取り戻せていくのを確かに感じていた。極度の緊張と微量の興奮は、足立の普段と変わらない優しい態度によって少しずつだが和らいでいく。
 今もあおいは、百貨店の雑貨売り場を楽しそうに見て回っていた。時折周りから視線を感じる。確かにあおいは美少女といっても差し支えない容姿なのだろう。足立はそんな当たり前のことを今日、再確認させられた気持ちであった。商品のキーホルダーに伸ばした腕からは白い肌が見え、つま先立ちの脚が強調される。ショートパンツなのでずいぶん目立っている。そもそもあおいのスタイルはそれほど悪くはない。背も低くはないし、どちらかというと細身で締まっている体系だ。まぁもっとも、胸だけは大したものではなかったが。
「ねえ、足立くん」
 あおいが振り向いて足立を呼ぶ。足立は左手をポケットに入れると、顔を少しだけ傾げて「うん?」と言いながら近寄った。
「ほら、これ見て。可愛い」
 あおいが足立に見せたのは、小さな動物が付いたキーホルダーだった。商品棚の中には複数の種類と色が混在したキーホルダーが無造作に纏められている。足立はあおいの手にしたキーホルダーを見ると、ふうん、と呟いた。
「珍しいね、あおいちゃんがこういうのに興味持つなんて」
「意外?」
「どちらかといえばね」
「足立くん、ボクだって女の子なんだからさ」
「ああ、はは。わかってるよ。あおいちゃん、タヌキが好きなのかい」
 あおいが持っていたキーホルダーは、水色のタヌキがデザインされていたものだった。
「ううん、そんなことないよ。でもこの動物のデザイン、なんか可愛いなあって」
「確かにそうだね。あおいちゃん、一つプレゼントしようか」
 するとあおいは体をびくつかせ、大げさに驚いた。足立が言った当たり前の一言が、あおいは信じられないというような表情だった。
「ええ、いいよ。そんなつもりじゃ……」
「わかってるよ。あおいちゃんはそんなつもりで言ったんじゃない。けど、可愛いと思ったんだろう? 欲しいのなら、僕は君にプレゼントしたい」
 言ったあとで少しくさかったか、とも思ったがあおいはそんなこと気にもしていないようだった。ただ顎に指をあて、うーん、と呟いている。
「ボクにプレゼントしたい?」
「うん」
「本当に?」
「本当さ」
「えへへ。じゃあお願いしよっかな」
 照れくさそうにあおいが笑う。ついさっきまでは普段どおりの顔つきが戻っていたというのに、もう頬を赤くさせ、少しだけ弛緩していた。
「そうだ。足立くん、この中から選んでよ」
「えっ、僕がかい?」
「うん。足立くんの選んでくれたものが欲しいな」
 これは大問題だ。
 というのも、このキーホルダーは種類がかなり多い。まず動物の種類だが、子犬、子猫、小鳥、子豚、そしてタヌキと五種類ある。さらにそこから色分けされており青、赤、黒、ピンク、水色とやはり五種類に分かれている。単純計算して二十五種類あるのだから、彼女の一番の好みを選ぶのはかなり難しそうだ。まあもっとも、タヌキだけは「好きというわけではない」という前情報があるが……さて、どうしたものか。
 足立はずいぶんと迷って、一つのキーホルダーをあおいに差し出した。それは、
「青いこねこのキーホルダー?」
「うん。これなんかどうだい」
「ふふふ。いいよ、ありがとう足立くん」
 なんだ、気にすることもなかったか。
 結局あおいはどれでもよかったのだ。どれが好みだとか、どれが欲しいとか、そういった思いから一番遠いような人間だったのだ。足立は掴んだキーホルダーを見て、苦笑いにも似た表情を浮かべる。
「よし、それじゃあレジに行ってくるね」
「え? 足立くんは買わないの?」
「これ、女の子が持つようなデザインなんだと思うけど……」
「でも、ほら、その、こういう場合ってさ」
 あおいが急にもじもじしだして、目線を伏せる。そのあおいの態度を見て足立はピンと来た。ははあ、そうか、そういうことか。
 しかし、
「そうだね。それじゃあこれを買おうかな」
 足立が選んだのは、赤いこねこのキーホルダーだった。足立の選択したものを見て、あおいは不思議そうに首をかしげた。あおいが何を言いたいのか、足立はなんとなくであるがわかっていた。だから、こう続けた。
「さすがに、同じものは選べないよね」

 

 

 携帯電話で時間を確認したところ、デジタルは14:52を表示していた。まだ大分時間はある。二人は百貨店をあとにして、これから先どこへ行くかを思案していた。少し喉が渇いてきたところだ。喫茶店にでも入ろうか、と足立はあおいに問いかけようとした……が。
 あおいの表情がぐっと強張るのがわかった。足立はあおいにばれないよう、静かにため息をつく。迂闊だった、と思った。ここから少し歩くと、いわゆる風俗街がある。周りには無料案内所やラブホテルの看板などが所々に見え隠れしている。そのためこの辺りは少しだけ治安が悪いように思えるのだ。そもそもこんな場所に用事はないのだ。だからわざわざ来る理由はなかったのに、適当に歩いていたのが災いした。
 二人が歩いている道の真正面に、五人ほどの学生服を着た男子生徒が立っていた。茶色いブレザーに赤いネクタイ。一見すると優等生のようにも見えるが、そういうわけではないのだろう。それぞれ雑談をしているようだが、その五人の風体が問題だ。一人は髪の毛を逆毛にしており、何人かは煙草を指に挟み、紫煙がゆらゆらと立ち上っている。
 あかつき高校の生徒。足立は学生服を見てそう確信した。
 あかつき高校は偏差値も高く、運動部が強いので有名だ。文武両道を旨としており、毎年勉学に、スポーツに優秀な成績を収める生徒が入学することで知られている。しかし、その生徒の質にはいささか疑問視されている声も少なからずあった。
 スポーツの成績が優秀であれば、内申点など関係なく入学できる。そのため……あかつき高校にはいわゆる「不良」の類が他の学校と比べて多い。おそらく、彼らもその一部なのだろう。見たことのない顔だから、おそらくサッカー部かバスケ部か……そのあたりなのだろう。
 あかつき高校の生徒の一人がこちらを見た。見つかったか、と思ったがその時はもう遅かった。五人はお互いに顔を見合わせ、直後にやにやといやらしい笑みを浮かべ始めた。
「よぉ。ねえちゃんデートか? うらやましいな、オイ」
 あおいがさっと足立の後ろに隠れる。足立はあおいを庇うように左手を伸ばすと、彼らに対してふっと小さな笑みを浮かべた。
「わかっているのなら放っておいて欲しいんだけどな」
 すると一人は咥えていた煙草をぺっと吐き出し、足立を睨んだ。眉が薄く、目に力がこもっている。やれやれ。そんな言葉しか出てこない。
「いいじゃねえかよ。なあ」
 リーダー格の一人がそう話しかけていると、回りの四人がまるで示し合わせたように動き出した。彼らは回りに気づかれないよう自然に、そして確実に足立とあおいの周りを取り囲みだした。逃げるのは、難しそうだ。
「どうよ、ちょっと付き合えよ」
 足立はあおいの顔をちらと見た。唇をかみ締め、きっと彼らを睨みつけている。思ったよりは怯えていないようだ。足立はふと安堵したが、それが間違いだと気づき慌てて否定をする。
「付き合えも何も、こうまで囲まれちゃ逃げようがないだろ」
「そりゃそうだな。ハハハ」
 どん、と腰を蹴られた。足立は思わず前に飛び出し、ぐっと上体が揺らぐ。慌てて振り向いたが、そのときにはあおいもついてきていた。
「さ、来いよ」
 彼らはビルとビルの合間、路地裏へと道へ足立とあおいを誘導する。
 なんだって、不良なんかに絡まれなきゃいけないんだ。
 足立はあおいの手首を掴む。あおいは少し驚いたようだが、特に何も言わず俯く。

 さて、どうしたものかな。

 足立は、そんなことを思っていた。

 

 

 

 

 

>>#8.悲劇の結末


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